日本-西欧文化違いVer07. _「日本の“謝罪文化”はなぜ海外で誤解されるのか」
- shigenoritanaka3
- 3月31日
- 読了時間: 3分
2026/03/31
今回もお読みいただきありがとうございます。
外資系企業で勤務していた頃、私は「謝罪」をめぐる文化差異によって、何度も板挟みの状況に直面しました。
欧州本社(HQ)は、顧客に対して “I'm sorry” と言うことを極端に嫌がりました。 おそらく、謝罪が 賠償責任を認めた証拠 と解釈されることを恐れていたのだと思います。
一方で、日本の顧客は、 「まずは本社から I'm sorry の一言がほしい」 と強く求めます。
日本では、謝罪は責任の認定というよりも、 相手の感情に寄り添い、気持ちを落ち着け、関係を前に進めるための礼儀 として機能しています。 原因がどこにあろうと、まず “I'm sorry” と伝えることで場が落ち着き、 そのうえで一緒に解決策に取り組むための “儀式” のような役割を果たします。
そのため、日本法人としては、
HQ は謝りたくない
顧客は HQ に謝ってほしい という構図の中で、難しい調整を迫られることが何度もありました。
もう一つ、印象的な場面があります。
欧州本社のエンジニアが日本に来て、現場で必要な組付け部品が揃っていなかったとします。 当然、日本の顧客はそのエンジニアにクレームを伝えます。 そして顧客が期待する第一声は、やはり “I'm sorry” です。
しかし、例外なくエンジニアはこう言いました。
「私の責任ではない。私はエンジニアです。 そのようなクレームは営業か出荷担当に言ってください。」
この瞬間、日本の顧客の怒りは決定的になります。
日本では、謝罪は 責任の所在を明確にする行為ではなく、関係維持のための最初のステップ です。また、自分の職責に関係なく、目の前に立っている以上は「会社を代表している」という意識から、会社に代わって I'm sorry を伝えることが自然と受け入れられています。
一方、欧米では謝罪は 法的責任の認定 とみなされることが多く、 エンジニアは「自分の責任ではない」と線を引こうとします。また自分の職責からすれば自分に非はない、と主張する個の意識の強さもその理由の一つと考えられます。
この“文化の違い”が、現場で最も激しい摩擦を生むのだと痛感しました。
I'm sorry、 今回は以上です。
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