経営・リーダーシップVer16. 「ブームが終わった市場でも、撤退ではなく“継続”が正しい戦略になることがある」──消失模型(Lost Foam)が示す経営判断の本質

2026/08/20
お読みいただきありがとうございます。
今回はブームが去った後の市場における経営戦略のお話です。
製造業の世界では、ある技術がブームとなり、そして静かに終わっていくことがあります。
その局面で、多くの企業は「撤退」を選択します。
MBAやビジネススクールでは、事業ポートフォリオ論や選択と集中の観点から、こうした場合撤退は合理的な判断として扱われます。
しかし、現場の実体験に基づく経営判断は、必ずしも教科書どおりではありません。
ブームが終わった市場でも“継続”こそが正しい戦略になることがあります。
鋳造業界における消失模型(Lost Foam)は、その典型例です。
1. 消失模型はかつて次世代鋳造技術として期待された
消失模型はアメリカで普及し、日本でも1980〜90年代に多くの鋳造メーカーが採用しました。
複雑形状を中子なしで一体成形できる革新性から、当時は「次世代鋳造技術」と呼ばれました。
しかし、生産性や工程管理の難しさから、多くの企業は量産レベルまで成熟できず撤退していきました。
現在では鋳鉄鋳造業界全体から見ればニッチな工法であり、市場規模も決して大きくありません。
2. 消失模型とは(製法の特徴)
消失模型(Lost Foam)は、発泡スチロール(EPS)で作った模型を砂の中に埋め、そこへ溶湯を注ぐことで 模型が“消失”しながら鋳物が成形される工法 です。

消失模型では、クラスター(発泡スチロール模型が接合されたもの)が乾燥砂に埋められます。クラスター上部に注湯口が取り付けられ、そこから1,400度の溶湯が注湯されます。するとクラスターは完全に溶けて“消失”し、結果として鋳物の形状になるため、中子を使わずに複雑形状を一体成形できます。
一方で、伝統的な砂型造型(Green Sand Casting)では、複雑形状を作るために中子(コア)を別途製作し、型の中に組み込む必要があります。そうなると製造原価の上昇は避けられません。
3. 消失模型 vs 伝統的な砂型造型(メリット・デメリット)
● 消失模型のメリット
- 複雑形状でも中子レス化が可能
- 中子工程が不要なため、中子割れ・中子ズレなどの不良が発生しない
- 歩留まりが高い
- 表面外観が良好になりやすい
- クラスター設計により鋳造方案の自由度が高い
- 設計段階での形状最適化がしやすい
● 消失模型のデメリット
- 生産サイクルが砂型造型より遅い(最大の弱点)
- EPS成形・塗型・乾燥など前工程が多い
- 工程管理が複雑
- 設備投資が重い
- 再現性の確保が難しい
- 量産対応には高度なノウハウが必要
これらデメリットのため、多くの企業は消失模型を量産レベルまで成熟させられず撤退したという歴史があります。
4. 多くの企業が撤退する中で、技術を維持する価値
市場規模が大きくない技術でも、 他工法では代替しにくい領域が存在する場合、技術維持は企業の存在価値を支える経営資源になります。
重要なのは、既存技術を保持することそのものではなく、 新たな製品や要求と組み合わせながら活かしていけるかどうか です。
消失模型は、複雑形状や中子レス化が求められる一部の製品において、 伝統的な砂型造型をはじめとする他工法では代替しにくい領域を担うことがあります。
5. 森川産業は消失模型を長年維持してきた事例企業のひとつ
長野県千曲市の株式会社森川産業は、 複雑形状の自動車向け重要保安部品を 消失模型(Lost Foam) で40年近く量産してきた事例企業のひとつです。
● 森川産業ならではの強み
世界最速クラスの造型サイクル(グロス43秒)
→ 消失模型としては異例の高速サイクル
→ 自動車メーカーの量産要求に応えられるレベル
EPS成形〜塗型〜乾燥〜乾燥砂造型〜注湯〜自動バラシまでの完全一貫体制
→ 工程管理の難しさを克服
DISA高速砂型造型ラインとの併用による量産体制の柔軟性
→ 砂型造型の高速量産と消失模型の複雑形状対応を両立

CAE解析による設計段階からの鋳造方案提案力

不良率の低さと歩留まりの高さ(長年の改善蓄積)
つまり森川産業は、消失模型の一般的弱点(サイクルが遅い)を克服し、自動車メーカーの量産要求に応えられる数少ない企業と言えます。
6. 多くの企業が撤退する中、森川産業は敢えて“継続”を選択
森川産業でも一度は消失模型ラインの閉鎖が検討されました。
しかし、他社が撤退した後も、顧客は森川産業の消失模型の品質を敢えて求め続けました。
結果、森川産業は消失模型の弱点である「量産対応の難しさ」を克服し、むしろ 量産性・品質・歩留まりの高さという強みに転換しています。
これは技術の話ではなく、経営判断としての“継続投資”が生み出した競争優位です。
7. 継続した企業だけが得られる競争優位がある
技術難易度が高く、担い手が減り、参入障壁が上がる市場では、 撤退ではなく“継続”が正しい戦略になることがあります。
消失模型のようなニッチ技術は、 短期間では再現できない暗黙知や改善蓄積が競争優位を生みます。
8. 経営的示唆:ブームが終わった市場でも、継続が正しい戦略になることがある
MBAやビジネススクールでは「撤退基準」「選択と集中」が強調されます。
しかし、現場の実情はもっと複雑です。
- 技術難易度が高い
- 担い手が減る
- 参入障壁が上がる
- 顧客が品質を求め続ける
こうした市場では、撤退ではなく“継続”こそが正しい戦略になることがあります。
森川産業の消失模型は、その生きた証拠です。
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